イスラエルの起業率は米国の数十倍
起業国家と呼ばれるイスラエル。投資熱の高まりを受け、シリコンバレー発のスタートアップ企業のバリュエーション(企業価値)が高すぎると言われる昨今、比較的割安とされるイスラエル発のスタートアップに世界の注目が高まっています。
そのイスラエルの中でもっとも強い分野とされるのは「サイバーセキュリティー産業」で、その規模は米国に次いで世界第2位と言われています。サイバーセキュリティ産業を背景にしたイスラエルのスタートアップの強さの源泉には、イスラエルの国家としての成り立ちそのものが関係しています。
歴史をひもとけば、約1900年もの間、イスラエル人は国を持てませんでした。その間、差別や迫害を受け、毎年のように多くの人々が殺され、亡くなりました。建国後も周辺国との領土紛争等で毎年、大勢の人が亡くなっています。
現在でも周辺国との緊張は続いており、軍事的な判断ミスが国家存亡の危機に直結する危険性もあります。サイバーセキュリティーが発達した背景には、敵対国や非友好国よりも情報を速く集め、それを守り続けるという国家的な使命があります。
また、若者は高校卒業後に男子は3年間、女子は2年間の兵役があり、「いつ死ぬかわからない」という死生観が若者に起業を決意させる、とも言われています。「ビジネスで死ぬことはない。だからこそチャンスは取りに行く」ため、若者は次々と起業にチャレンジします。
教育面でも10歳からプログラミングと英語を必修にしているため、ITに精通した人材を豊富に抱えています。イスラエル の人口は約900万人で、同国の「イノベーション庁(Israel Innovation Authority、IIA)」によれば、全就労人口の8%にあたる約27万人がハイテク産業に従事し、年間約600社のスタートアップが誕生しています。起業率は米国の数十倍を誇ります。
優秀な人材の宝庫、「8200部隊」とは?
イスラエルのスタートアップに優秀な人材を送り続けているのが、イスラエル軍の「8200部隊」です。「8200部隊」の任務は公にはされていませんが、ハッキングから通信の傍受までを行う「サイバーセキュリティーの専門家集団」とされています。
この部隊に配属されるのは兵役義務がある若者の内、わずか1%に過ぎません。職場は敵の攻撃を受ける戦場の最前線ではなく、机上のパソコンの前であって、命の危険にさらされることが少ないことから、親は幼い頃から子供に必死になってプログラミングを勉強させ、「8200部隊」への配属を目指します。
「8200部隊」への配属は、プログラミングスキルや語学だけでなく、リーダーシップや協調性など内面も重視するとされます。さらに、兵役では「8200部隊」に限らず、命がけでミッションを遂行することの大切さを学んでいきます。
起業を増やす礎を作った「ヨズマ」
このような文化、土壌の中、生み出された人材を国も積極的に支援しています。有名なのは「ヨズマ・プロジェクト」で、1993年に設立された官民出資の「ヨズマ」と呼ばれるベンチャーキャピタルが、起業を増やす礎を作りました。
現在は、主に「IIA」が起業支援を担い、支援金を年間650件ほどスタートアップに支給しています。「IIA」にはビジネスが大きくなった場合に、毎年、売上の数%を返還させる仕組みです。ただ、この支援金は知財をイスラエルに残すように義務づけられているのも特徴で、M&Aで海外に知財を移転する場合、支援金の6倍の移転料を支払う必要が生じます。
イスラエルでは軍事技術を背景にしたサイバーセキュリティーのほか、ヘルスケア、モビリティの3分野が伸びています。また、水資源が乏しいことから、塩水を真水にする技術が発達し、そこから派生したアグリ・フードテックも盛んです。
「日本貿易振興機構(JETRO)」によると、2018年のイスラエルスタートアップの資金調達額は64億ドル(約7097億円)で、2019年はそれを上回る勢いで推移しました。2018年の開業数は356社と、2014年のピーク時(1366社)と比べると大きく減少しましたが、調達総額は増加しています。
背景には、設立ピークの頃に創業したスタートアップが成熟期を迎えたことがあると言われています。イスラエルにはGAFAをはじめとして約300の多国籍企業が拠点を置いており、こうした企業への事業売却等も盛んです。
軍や教育を絡めた国家としてのスタートアップ・エコシステムが完成しているイスラエルでは、ピーク時にスタートアップを立ち上げた起業家が事業売却を完了すれば、シリアルアントレプレナー(連続起業家)として、第2、第3の事業を立ち上げることも想定されます。
一方、地政学的に不安定な状況になることが多いイスラエルを敬遠する日本企業も多く、進出は進んでいるものの、欧米企業に比べて慎重になっていることも事実です。ただ、大企業ばかりでスタートアップがなかなか成長しない日本と、そもそも大企業がなく、事業拡大する場のないイスラエルが組めば、お互いに大きなメリットをもたらします。
イスラエルのスタートアップは、海外の投資家にまで守備範囲を広げている場合が多く、アジアへの事業展開を視野に入れています。イスラエル政府も日本からの投資を積極的に受け入れる姿勢を表明していますし、まずは一度、イスラエルを訪れて、その国に住む人々や文化に触れてみるのもいいかもしれません。
関連リンク
🔷JETRO
🔷イスラエル大使館
🔷Endless Possibilitiesto Promote Innovation